「非紛争社会における「交渉」「契約」「ネットワーク」の役割ー東アジアにおける社会・文化史的議論をめぐって」
<2006年度智光館完成記念講演?>
■報告者 :濱下武志(龍谷大学国際文化学部教授)
■開催場所 :龍谷大学瀬田キャンパスREC小ホール
■開催日時 :2006年6月25日 15:00−18:00
■議事録番号 :060001
【報告の概要】
 濱下氏は、東アジア地域とりわけ中国における伝統的社会秩序やその中における地縁・血縁・業縁・文縁などの各種の社会的なネットワークが、同地域における紛争の発生や解決あるいは抑制においてどのような機能を果たしてきたのか、また、ネットワーク形成の際の「交渉」や「契約」が同地域においてどのような意味を持つのか、について、社会・文化史の観点から論じた。氏によれば、中国や華人を中心とする東アジア社会は、歴史的にみて、ヨーロッパ社会に比較して、紛争が少ないと自ら考えていたあるいは紛争が少ないと外から見なされていた社会として位置づけられる。そのような社会における紛争は、日常的な交流や交渉の延長としてたち現れることもあれば、これらの破綻としてたち現れてくることもあった。
紛争を、このように背景にある日常的な交流や交渉の中断や断絶として捉えたとき、東アジア社会において歴史的に見て相対的に紛争が少なかったのは、地域社会や華僑・華人社会の重層的なネットワークが網の目のように機能してきたからだ、ということができる。氏は、このように紛争抑止におけるネットワークの重要性を強調した上で、「郷鎮企業」と「小城鎮」を事例に、中国の企業経営に見られる合股(共同出資)という二者関係に基づかない多重的・多層的な投資・経営のあり方や、そこにおける三縁(地縁・血縁・業縁)と五縁(三縁プラス文縁・善縁)と呼ばれるネットワークの介在の仕方について、具体的に説明した。そして、単一・排他的なアイデンティティを基本とする社会では対立を基にした社会変動が起きやすい一方で、中国のような多様・重層的なアイデンティティ、ネットワークが社会の基盤となっているようなところでは、そういった対立が複雑な網の目の中に埋没してしまうことで、紛争発生の度合いが弱まってしまうのだろう、と結論づけた。

【議論の概要】
 討論では、?グローバリゼーションの進展とともに今日、中国の脱亜論といったことが聞かれるようになったが、それが何を意味するのか、停滞するアジアからの脱出を唱えた昔の日本の脱亜論とどう違うのか、また、?合股の概念図を見た場合に、ネットワークを通してさまざまな主体がつながっているものの全体を把握している人がいないという点にユニークさがあるのではないか、といった質問・コメントが出た。それに対して濱下氏は、?中国自身が脱亜論を唱えているわけではない、と指摘した上で、中国の脱亜が議論される場合には(1)グローバルな中で中華を捉えなおすという視点と(2)日本の経済発展モデルには関心を寄せずにアメリカに政策的な目が向けられているという視点、の2つの視点が混在していること、?合股に関しては、中心に向かうネットワークが一部存在する一方で、外へと向かうネットワークも存在することで全体の複雑さが増しているとした。また、ネットワークにはさまざまな形態があり、それを理論化しようとするとまた新たな形態のネットワークが生み出される、といったネットワーク研究の難しさと面白さについても語った。
■資料詳細 
 
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