「人間の安全保障とモザンビーク」
<第4班第2回研究会>
■報告者 :峯 陽一 大阪大学大学院人間科学研究科助教授
■開催場所 :龍谷大学深草キャンパス 紫英館第1会議室
■開催日時 :2006年10月21日(土)15:00-18:00
■議事録番号 :060402
【報告の概要】
 近年、国際協力や開発の分野などで、「人間の安全保障」(human security)という考え方が広まっている。報告では、人間の安全保障の概略の説明があった後、報告者が訪れたモザンビークの事例を用いながら、人間の安全保障を考慮した対アフリカ援助とはいかなるものになるかという点についての見解が述べられた。
 人間の安全保障という概念は、1994年にUNDP(国連開発計画)がその報告書で用いたことによって広く知られるようになった。2001年には緒方貞子氏(現JICA理事長)とアマルティア・セン氏(ノーベル賞経済学者)を座長とする国連の「人間の安全保障委員会」が設置され、2003年には同委員会の最終報告書『今こそ人間の安全保障を』(邦題:『安全保障の今日的課題』朝日新聞社)が出版されるに至っている。同じく2003年には、日本のODA大綱の中にもこの概念が組み込まれた。
 人間の安全保障が提唱される以前から「国家の安全保障」(state security)という考え方があったが、これは国家を、国民を脅威(通常「敵国」)から守る主体だとみなす考えに立脚するものだった。対して、人間の安全保障は、人間をとりまく脅威が急速に多様化している現在(内戦、テロ、感染症、自然災害、環境破壊など)、脅威と戦う主体も多様化せざるをえないとし、共同体、市民社会、国際機関等もそれらの脅威と戦う主体として積極的に組み入れ、その中で国家の調整機能を重視する。また、人間の安全保障と似た表現として「人間の開発」(human development)という考え方もあるが、人間の安全保障は、人間の開発(貧困の削減など)の成果を剥奪する突発的な脅威(上記括弧内のような脅威)に対して、よりよい生活の基盤を守り抜くことを強調したものだといえる。
 モザンビークは1994年に30年間続いた内戦が終結し、現在、復興途中にある国である。報告者によれば、同国の経済成長は現在のところ順調だが、各地に残された地雷、HIV/AIDS罹患率上昇の危険、頻発する干ばつや洪水の被害といった脅威にさらされ続けている。このような状況下の対アフリカ援助を考えるならば、?国や地域に特徴的な、脅威に対する脆弱性のパターンを考慮に入れる、?「リスクに対する備えはできているか」という観点から開発プロジェクトや開発プログラムのデザインを見直してみる、?政府とそれ以外のアクターが互いに手を取り合う関係になっているかどうかを考えてみる、といった点が今後さらに重要になると思われる。

【議論の概要】
 人間の安全保障という概念と、他の安全保障に関わる概念との相違点を確認する質問や提案が出された。Human securityを「人間の安全保障」と訳すことの問題点も話題とされたが、すでに訳として定着しているため、むしろ「国家の安全保障」の「安全保障」とは異なり、社会保障の「保障」の方に近い概念だとの理解を広める努力が必要だというのが、報告者の意見であった。また、国際協力の分野で「人間の安全保障」を国際援助の指針として強く推し進めている国があるのかという、国際社会におけるポリティックスとの関わりを尋ねる質問もあった。報告者によれば、小渕元首相が「人間の安全保障」を重視した背景には、「平和憲法」を掲げる日本が国際貢献をアピールする上で有効な概念だとの判断が働いていたであろうという。
■資料詳細 <資料1
 
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