「南アフリカにおける土地闘争と土地返還:アフリカ人コミュニティ<ルースブーム>を事例として」
<第4班第3回研究会>
■報告者 :佐藤千鶴子 龍谷大学アフラシア平和開発研究センター博士研究員
■開催場所 :龍谷大学深草キャンパス 紫英館第1会議室
■開催日時 :2007年1月26日(金)15:00-18:00
■議事録番号 :060403
【報告の概要】
南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)体制下で、「白人用」とされた土地に住んでいた黒人は強制的に「ホームランド」や「タウンシップ」と呼ばれる黒人居住区へと移住させられた。ある民間組織の推計によれば、1960年から1983年の間に強制移住をさせられた人の数は350万人(1980年の総人口の12%に相当)に上る。1990年代前半にアパルトヘイト廃絶の見通しが決定的となると、強制移住を経験した黒人コミュニティの中から土地返還を求める運動が沸き上がった。報告者は、黒人コミュニティによる土地返還運動の先陣を切った、同国クワズールー・ナタール州のアフリカ人コミュニティ「ルースブーム」について、その強制移住、土地闘争、土地返還の過程を歴史的に考察した。
 ルースブームは、アパルトヘイト以前、白人地区に存在するアフリカ人所有地の一つとして発展した、約2,500ヘクタールの地域である。アパルトヘイト体制を確立し、人種ごとの土地所有を明確に分離するため、当時の政権は、ルースブームの全アフリカ人住民に対して強制移住を命じ、1970年代半ばに約7,000人がルースブームから新たに創設されたタウンシップへと移住させられた。1990年からアパルトヘイト体制が揺らぎ出すと、ルースブームのかつての住人たちは「祖先の土地へ戻ろう」と土地返還運動を開始した。これを受けて、最後のアパルトヘイト政権となったデクラーク大統領は、1992年末にルースブームの土地返還を決定した。ところが、土地返還後のルースブーム居住世帯をみてみると、居住者の大半は、土地返還を求めた地主層ではなく、ルースブームとは歴史的なつながりをもたない借地人という結果となっている。その背景として、報告者は?ルースブームの社会経済基盤開発の遅れ、?ルースブーム土地返還の母体となったコミュニティ組織の内紛、?タウンシップに既に生活の基盤を築いた地主層にとって、ルースブームに帰還するメリットの無さ、?返還対象となる土地の相続権をめぐる家族内対立、といった点を挙げた。
 南アフリカ内の他の土地返還対象地域でも、ルースブームと同様に、土地返還が決定された後に、コミュニティ内部で対立が表面化し、土地への帰還が滞っているケースが目立ち、南アフリカ国内では政府の土地政策を問題視する声も出てきた。しかしながら、南アフリカの土地返還問題は、同国における土地所有の人種的不平等を是正するという意味では大きな意義を持つことを忘れてはならない、と報告者は指摘した。また、ルースブームのように、土地返還後に、その土地とは歴史的な関係をもたない人たちの流入が顕著な地域が多いが、それは、そもそも黒人の土地が彼らの人口規模に対して少ないという現実があるためで、今後さらに土地移転を進めていく必要があると強調した。

【議論の概要】
 コメンテーターの飯田氏や参加者からは、ルースブームのコミュニティ内の基本的な社会構成についての質問が出された。地主と借地人の関係など、ルースブームがどういうコミュニティだったのかという点が現在の土地返還状況に影響しているのではないか、と指摘する声が多く聞かれた。これに対して、報告者は、ルースブームの居住者の多数が借地人である点は多くの資料や証言によって裏付けられているが、コミュニティ内の社会関係の詳細が分かるようなデータはないと述べた。また、返還運動を推し進めた人々が訴えた「祖先の土地」というフレーズが、具体的にはどういう意味で使われているのか、ルースブームの土地は農業的に価値のある土地なのかどうかを問う質問もあった。
■資料詳細 <資料1
 
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