「フィリピン人移民と<幸運>:人の移動の社会文化的側面に着目して」
<第4班第3回研究会>
■報告者 :細田尚美 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程
■開催場所 :龍谷大学深草キャンパス 紫英館第1共同研究室
■開催日時 :2007年1月26日(金)15:00-18:00
■議事録番号 :060403
【報告の概要】
現代の海外出稼ぎ大国として知られるフィリピンでは、国際移動、国内移動ともに活発であり、移動はフィリピン社会を特徴付けるキーワードの一つとなっている。そうした状況にともない、フィリピン人移民を対象とした研究もすでに数多く出されている。しかし、そうした研究の中で、フィリピン人移民は、貧しさなど経済的な理由で移動する人たち、という漠然としたイメージでしか描かれてこなかった。そこで、報告者は、フィリピン人の移動に関わるローカルな概念などに着目し、地域の社会文化的側面からフィリピンの人の移動を捉え直すことを試みた。
事例としたフィリピン中部のサマール島は、国内有数の移民送り出し地域の一つである。サマールからの移民の約半数は、首都マニラに移住している。報告者が今回特に注目したのは、移民たちが用いる「幸運」という表現である。移民は、自らの移動という行為を「幸運探し」と呼ぶ。これまでの研究で、この移民が探す「幸運」は、経済的な利益と同一視されてきた。しかし、報告者の調査地(母村とマニラ側コミュニティの両方)では、経済的に成功しているようにみえても「幸運者」とみなされる人と、みなされない人がいた。では、この「幸運者」とは、どのような人を指すのだろうか。
この問いに対して、報告者は次のような分析を行った。「幸運者」と呼ばれる移民と、そうでない移民の差は、移民と村人とのつながりかたによって発生する。例えば、「幸運者」と呼ばれる移民の帰省時の行為をみてみると、彼らは、着飾って村に降り立つだけでなく、多くの村人にパサルボン(帰省時に渡す贈物、食料雑貨品など基本的物資が多い)を与え、食事をふるまい、村の守護聖人へ寄進するなどして、大勢の村人を支える立場になったことを示す。すると、村人は移民に対して「幸運を得た」と認知し、賞賛する。反対に、経済的に成功したにもかかわらず周囲の人を支えることをしなければ、「幸運者」と呼ばれないだけでなく、「ケチ」「もう他人さ」などの非難、ときには中傷も起こる。したがって、「幸運」は単なる富ではなく、村のモラルとも深く関与しているといえる。実際、「幸運」は神や精霊などの精神世界の存在から与えられるものであり、「幸運」は、そのような存在から認められた証しと考えられている。
報告者はまた、都市に移住したサマール移民の中に、経済的な負担にもかかわらず「幸運者」としての行為を熱心に行う背景の一つに、都市においては彼らが「幸運を得た」と感じにくい点があるとみている。サマール移民の多くは、「成功した」といえども、マニラ全体の中でみれば都市貧困層に留まっている。「幸運を得た」と認知される、つまり、彼らの幸運探しが完結するのは故地においてなのではなかろうか、との見解を述べた。

【議論の概要】
 コメンテーターの清水氏は、この報告は、これまで重視されてこなかったフィリピンの移民の意味世界に着目した研究ではあるが、その観点からいえば、そもそも移民を村人とは異種の人々とみなす問題設定そのものがずれているのではないか、との感想を述べた。また、報告で「幸運」と訳されている「スウェルテ」は、コンテクストによって「運がいいだけ」や「幸福」といった意味でも使われることがあり、日本語で「幸運」とせずに、コンテクストごとの異なる意味合いの使い分けを吟味すべきだとコメントした。参加者からは、村のネットワークから消えていく移民はいるのか、そのような移民はどのような契機で村から消えるのかを問う質問があった。これに対し、報告者は、村のネットワークから消えた移民を追うことは難しく、この点についてはまだ十分調査できていないとのことだった。また、移動を<幸運>との関係で捉える意味付与は、サマール文化の影響もあるだろうが、フォーマル・セクターで働く人はこのように捉えない可能性が高く、インフォーマル・セクターという経済構造との関係で検討すべき側面もあるのではないかとの指摘もあった。
■資料詳細 <資料1
 
このページを閉じる