「人間の安全保障、普遍性、国益―批判的考察」
<2006年度第3回国際ワークショップ 「近代性、暴力、社会変動」>
■報告者 :清水耕介 (龍谷大学国際文化学部)
■開催場所 :龍谷大学瀬田学舎智光館B103共同研究室
■開催日時 :2007年1月29日(月)11:00-18:00
■議事録番号
ディスカッサント:ウィリアム・ブラドリー(龍谷大学国際文化学部)

 報告者の清水氏は、人間の安全保障を言説として理解しその系譜学的な検証が必要であること、そこには寛容さと暴力との二面性が埋め込まれていること、そして人間の安全保障言説が重要視する「恐怖からの自由」が実は「他者への恐怖」を前提としていることなどを議論した。また、日本政府が人間の安全保障という概念を掲げるようになったのは国連常任理事国メンバー入りをめざすなど国益のためという側面が大きかったのであり、日本政府が必ずしも人間の安全保障という概念がもつ理念を広く実現させようとしてはいないと指摘した。そして、人間社会の多様性を認めそれを保障するものとしての人間の安全保障概念の有効性を活かすためには、「安全な内側/危険な外側」「理性的な自己/対話不可能な他者」という論理にのみこまれないように注意し、そうした「一般化=普遍化(universalizing)」的言い回しに対する批判的精神をもち続ける必要があると強調した。
 ディスカッサントのブラドリー氏は、人間の安全保障の「人間の(human)」とは誰を指していて何からの「安全保障」なのかという点などを問題とした。そこではフーコーの統治性の問題、すなわち特定の価値の内面化を通した生政治の実践に対する批判的なパースペクティブの重要性が強調された。
 討論では、人間の安全保障という概念がアメリカでポピュラーでないのはなぜかという問題や、多様性を保障するための具体的な社会的条件は何かという点などが議論された。
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