「イラクにおけるナショナリズム」
<第1班第1回研究会>
■報告者 :酒井啓子(東京外国語大学大学院地域文化研究科教授)
■開催場所 :龍谷大学深草学舎紫英館2階第4共同研究室
■開催日時 :2007年4月28日(土)13:30-17:30
■議事録番号 :070428
ディスカッサント: 三谷博(東京大学大学院総合文化研究科教授)

 酒井氏はまず、イラク・ナショナリズム研究における3つの通説を紹介しそれらの問題点を指摘した。第一に、イラクは人工国家であるためナショナリズムが存在し得ないという通説があるが、酒井氏はこれに対し、イラク建国期には1920年反英暴動など宗派間共闘のイラク・ナショナリズムの萌芽がみられたことを強調した。また第二の、イラクにおいてはアラブ・ナショナリズム的なスンナ派とイラク・ナショナリズム的なシーア派という区別があるとする説と、第三の、イラク・ナショナリズムの共産党とアラブ・ナショナリズムの他政党(バアス党を含む)の対立という説に対しては、バアス党の世俗一党支配の制度は宗派・民族対立を超克しようとするイラク・ナショナリズム的なものだったと指摘した。
 そして酒井氏は、第四の独自の議論として、イラクにおいて反外国抵抗運動の記憶がナショナリズムの再生につながり得るかどうかという問題を提示した。1920年反英暴動の際には、外国=権力に対する抵抗がナショナリズムの形成につながったが、権力空白の1990年代には、反外国抵抗運動が国内統合の方向には向かわず権力抗争につながってしまった。そして現時点では、宗派間共闘による国内統合をめざすナショナリズムはイラクにはまだ再生していない。酒井氏はそう結論づけた。
 ディスカッサントの三谷氏は、イラクにおける反外国抵抗運動の歴史はどのようなものか、イラクの世俗主義の特徴は何か、イラクにおいて戦争自体を生活の糧としている人々の存在をどのように考えるかなどの質問をした。それに対し酒井氏はまず、一方で1930年代にいたるまでイラク各地で展開した反外国の部族的な抵抗運動は自立的なものではあったが地域的に限定されていたと指摘し、また他方で1920年代以降の知識人中心の運動はイラクという領域を意識してはいたがイギリスとの共闘をめざしたものだったので、いずれもナショナリズムの萌芽と完全に言い切れるかどうかは検討の余地があると述べた。また、バアス党の世俗主義はイスラームをシステムとしてではなく文化として捉える点が特徴的だったと指摘した。そして、現在のイラクでは、ナショナリズムとは異なる論理によって国外の暴力手段を調達する傾向が強まっているために状況が複雑化している面があると述べた。
 討論では、1920年暴動の記憶はバアス党政権の公定ナショナリズムによってすでに利用・消費され尽くしたためそれがイラク・ナショナリズム再生に結びつく可能性は少ないのではないかといった意見が出された。また、1920年前後の世界各地のナショナリズムの相互関連性やそれらの比較分析の重要性、イラク・ナショナリズムの戦略、などが議論された。
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