「『労働集約型工業化』以前−近世と近代を架橋する農業」
<第2班第3回研究会>
■報告者 :田中耕司(京都大学地域研究統合情報センター)
■開催場所 :京都大学東南アジア研究所・東棟2階第一セミナー室(207)
■開催日時 :2007年6月24日 (日曜日) 午後1時−午後5時半
■議事録番号 :07020301
報告者の田中氏は、日本・東アジアの近代工業化以前の農業技術に着目し、それがどのように近代の工業化を準備していったのかという点を、近代以前の農業の特徴、特にその日本的・アジア的特徴という面から検討した。
19世紀後半に日本や中国等の東アジアを訪れた欧米人は、その農業の生産性の高さに驚くと同時に、狭い土地に多大の人力を投入し細かい手作業を行う農法に強い印象を受けた。つまり、この地域においては近代以前に独自の農業技術の発展があり、近代における工業化にスムーズに進む素地があったと言える。
近代以前、特に徳川幕藩期の日本の稲作モデルは世界的に見ても高い独自性を有していた。それは多毛作化等による「集約性」、優良品種の伝播や農業知識の広範な普及等による「平準性」、稲の移植をはじめとする稲作技術の鍛錬とそれによる名人、達人の出現といった「技能性」の3つの側面から特徴付けられる。同時に、日本の農業は東アジア的な特徴を持ち、それをベースに発展してきた。それは、ひとつひとつの個体を大事に扱う農業であり、言い換えれば「子育て」を基礎とするような農業であると言えるのである。
近世日本の農業のこうした性質が、西洋農学を取り入れ、いわゆる「明治農法」として近代化に進む基盤となった。しかし農業発展は単線的なものではなく、地域によってさまざまな特徴をもつ。日本におけるそれは、前述した通り東アジア的な農法をベースにしたものであり、雨量が多く土地の肥えたこの地域においては、土地に手をかければかけるほど多くの収穫が期待できる。こうした地域的な条件から土地集約的とも言うべき農業が日本では行われてきた。日本の農業の近代化は、このような農法の地域的な特徴によるものでもあり、それが日本の工業化を準備する一要因となったのである。
コメンテーターの柳沢氏は、労働集約的、あるいは土地集約的な農業は(大きく時代は異なるが)緑の革命を経てインドなどでも全域で起こっている点を指摘し、「日本型」「東アジア型」といった類型の特徴付けについて質問を行った。
同じくコメンテーターの河村氏は、田中氏が「環境適応型技術」と「環境形成型技術」を分けて農業発展のメカニズムを捉えている点の重要性を指摘した。
フロアからは、宗教観の相違と農業形態との間に関係があるかという質問などが出された。
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