「東アフリカ牧畜民の敵対と友好―民族間の境界形成と流動化の過程に注目して」
<2007年度第4班第4回研究会>
■報告者 :佐川徹 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程
■開催場所 :龍谷大学深草キャンパス 至心館2階パドマ大会議室
■開催日時 :2007年12月7日(金)15:00-18:00
■議事録番号 :070404
【報告の概要】
東アフリカの乾燥地域に暮らす牧畜民は、「暴力的で」「好戦的な」人びととして表象される一方で、近隣民族とのあいだに「柔軟な」境界を有する人びととしても知られる。エチオピア・ケニア・スーダンの国境付近にくらすダサネッチと近隣の牧畜民も、50年以上にわたって断続的に戦いを繰り返すと同時に、今日までさまざまな友好的関係を形成、維持してきた。報告者は、このように戦争と平和が入れ替わる民族間関係の具体的状況を明らかにしたうえで、敵対と友好という一見相反する関係が並存することについての見解を述べた。
 ダサネッチと近隣の牧畜民の間では、共住・交易・友人・親族といった関係性を基に、個人レベルで友好関係が結ばれる。興味深いことに、こうしてダサネッチが友好関係を結ぶ民族集団は、彼らが戦争を繰り返す民族集団とほぼ一致する。では、友好関係と敵対関係はどのように移行しあうのだろうか。ダサネッチと他の民族の間は、個人間のトラブルなどを契機に、あるとき、邪術的儀礼を通して友好関係が結ばれる関係から敵対する関係へと移行する。敵対関係のときには、?戦争勃発時に戦争に行くか行かないかは個人が決め、戦争参加を拒否することができる、?友人がいる集団との戦争に行った場合には、その集団の成員を殺したり、家畜を収奪したりすることについては特にいとわない、?しかし戦場で友人と対面してしまったからには、友人を殺すことは拒絶する、といった行為がみられる。そして戦争後、友好関係を持つ人々は率先してかつての敵の土地を訪れ、両集団のあいだに友好的な相互往来が回復していく。
 以上のデータから、ダサネッチと他民族集団の間には、通常、共在性(相互交渉をおこなう二者が互いに開かれた状態で存在すること)がみられるが、邪術をとおして集団間に境界が引かれることにより、二集団は分離し、一時的なれども、それぞれの集団ごとに「共感の共同体」が形成されるといえよう。分離した後は、再び空間を相互行為で満たすことで共在性を回復する。このような一連の過程が、先に述べた「柔軟な」境界を維持する原動力となっているのである。

【議論の概要】
発表後の質疑応答では、放牧地や水場といった土地資源をめぐる葛藤は戦争の勃発とどのような関係を有しているのか、小規模な襲撃の応酬と友人間の贈与のやりとりを、ともに互酬性として考えていいのかどうか、戦争と平和の関係をハレとケのような関係として捉えていいのかどうか、1980年代以降のカラシニコフ銃の流入は民族間関係に大きな変化をもたらしたのかどうか、といった質問がなされた。
■資料詳細 <資料1
 
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