「日本の教育政策におけるテクノクラートの衰退?:近年の政策の傾向における文部科学省の自律性喪失とその含意を探る」
<2008年度 第3班 第2回研究会>
■報告者 :ジェルミー ラプリー(オクスフォード大学、東京大学研究員)
■開催場所 :龍谷大学瀬田学舎 智光館地下B103-104共同研究室
■開催日時 :2008年6月5日(木)14:00-17:00
■議事録番号 :080605
【報告の概要】
戦後日本の驚異的な復興により、伝統的に、文部科学省テクノクラートに対して、適切な教育課程を計画できるという大きな信頼が置かれている。この信頼は伝統的に、省庁が政治的権力から自律性を保つその程度によって裏打ちされている。しかしながら、ショッパ(1991)によって描かれたように、現状維持的な政治的均衡における変化の結果であり、同時に要因でもあったかつての強大な省は、1980年代以降、その自律性・強さが漸進的に侵食されている。今日、文科省は、教育政策の策定過程においてかつて持っていた大きな影響力と比べると、はるかに弱い力しか持たない。近年はどのようなタイプの政策が登場しているのだろうか。1990年代における一般的な経済的・社会的・政治的発展と、特に小泉政権下における地方分権改革は、高次のレベルにおける教育政策の交渉過程を大きく変えた。本報告では、近年の教育政策傾向の起源をたどる試みの一つとして、文部科学省の自律性、権力、支配権喪失の様々な要因を検討した。

【議論の概要】
本報告は、“Japanese Educational Policy in the 21st Century: Where Have We Come from and Where Are We Headed?”(21世紀における日本の教育政策:どこから来て、どこへ向かうのか?)という共通テーマのもとで行われたパネルディスカッションにおける報告のひとつである。

オープンディスカッションでは以下ような様々な論点が提出された。グローバル化と多文化化に対応した教育の必要性が指摘されたが、その根幹であるとされる“transcultural global value”とは何か、「ダブル」の子どもたちのために特定の国家に属さない教育の必要性が指摘されたが、母語支援は必要ではないか、移民先・出身地のいずれの教育制度でも十分に学べない子どもたちの増大に対して、当事者ネットワークによる支援以外に制度による手立てはないか等々、グローバル化と多文化化という今日的状況に対応した教育制度・政策に関する理論的かつ具体的な議論が展開した。

また、日本社会のマジョリティに対する教育とその問題ついても議論となった。特に「ゆとり教育」の是非と現実が論点となり、実施された当初から保護者レベルでは受け入れられておらず、現実には塾が重要性を持っていたこと、「ゆとり教育」を受けた世代が非常に混乱したこと、その原因の一つは現場の教師に具体的な実践方法の指示がなかったこと、等々の指摘がなされた。

全体のテーマである「21世紀における日本の教育政策:どこから来て、どこへ向かうのか?」という問いに対し、現在の教育政策に対して多くの問題点が指摘される中で、従来のトップダウンの「読み書き」重視教育に対し、「聞くこと・対話すること・行動すること」が得意な新しいマルチカルチュラルな子どもたちの登場をパネリストが指摘し、将来における日本の教育のポジティブな側面があることを確認し、研究会は閉会した。
■資料詳細 
 
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