「日本における教育の新たな『3つのR』:リスク、責任、権利」
<2008年度 第3班 第2回研究会>
■報告者 :ロバート アスピノール(滋賀大学経済学部教授)
■開催場所 :龍谷大学瀬田学舎 智光館地下B103-104共同研究室
■開催日時 :2008年6月5日(木)14:00-17:00
■議事録番号 :080605
【報告の概要】
1980年代以降、日本における教育改革のレトリックは、個人に焦点を当てている。数十年に及ぶ画一性的教育の後、政治家・教師・親、そして生徒たち自身が、個人個人の相違と選択を表現する自由を要求している。これには、経済状況の変化や日本社会の近代化、国際的な外圧も影響を与えてきた。しかしながら、個人をより重視しようとする圧力に応えようとするとき、制度と個人は、様々な要因によって制約される。多様な過程と力の間には、複雑な相互連関がある。子どもの人権に関する言説は、1970年代には皆無に等しかったが、1990年代には支配的な位置を占めるようになった。しかしながら、この発展は、時に利己的な個人主義とも見えるものに対するバックラッシュの火付け役ともなった。リスク社会のパラダイムは、個人がいまや自分自身の「リスク管理者」になること―例えば、自らの行動と選択が自分の人生にどのように影響するか計算することなど―を助長する方法を分析するのに役立つ。この種の考え方は、集団の福利については比較的考えない。また、この考え方は人々に自分の行動の責任を取らせるものである。これらの発展への反応として、国家は、教育の分野において、英国など他の国からの借用した理念である管理主義的スタイルを採用している。この種のアプローチは、逆説的にも、教師と生徒の責任管理能力を減じやすいと思われる。

【議論の概要】
本報告は、“Japanese Educational Policy in the 21st Century: Where Have We Come from and Where Are We Headed?”(21世紀における日本の教育政策:どこから来て、どこへ向かうのか?)という共通テーマのもとで行われたパネルディスカッションにおける報告のひとつである。

オープンディスカッションでは以下ような様々な論点が提出された。グローバル化と多文化化に対応した教育の必要性が指摘されたが、その根幹であるとされる“transcultural global value”とは何か、「ダブル」の子どもたちのために特定の国家に属さない教育の必要性が指摘されたが、母語支援は必要ではないか、移民先・出身地のいずれの教育制度でも十分に学べない子どもたちの増大に対して、当事者ネットワークによる支援以外に制度による手立てはないか等々、グローバル化と多文化化という今日的状況に対応した教育制度・政策に関する理論的かつ具体的な議論が展開した。

また、日本社会のマジョリティに対する教育とその問題ついても議論となった。特に「ゆとり教育」の是非と現実が論点となり、実施された当初から保護者レベルでは受け入れられておらず、現実には塾が重要性を持っていたこと、「ゆとり教育」を受けた世代が非常に混乱したこと、その原因の一つは現場の教師に具体的な実践方法の指示がなかったこと、等々の指摘がなされた。

全体のテーマである「21世紀における日本の教育政策:どこから来て、どこへ向かうのか?」という問いに対し、現在の教育政策に対して多くの問題点が指摘される中で、従来のトップダウンの「読み書き」重視教育に対し、「聞くこと・対話すること・行動すること」が得意な新しいマルチカルチュラルな子どもたちの登場をパネリストが指摘し、将来における日本の教育のポジティブな側面があることを確認し、研究会は閉会した。
■資料詳細 
 
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