「社会再統合と和解に果たす市民の役割:シェラレオネの事例から」
<第4班第4回研究会>
■報告者 :澤良世
■開催場所 :龍谷大学 深草学舎 紫英館2階第2共同研究室
■開催日時 :2008年10月4日(土)14:30-18:30
■議事録番号 :080404
【報告の概要】
 シエラレオネでは、1991年から10年以上にわたって武力紛争が続き、2002年に武装解除と動員解除が正式に終了し、内戦終結宣言が出された。しかし、紛争終結から5年以上を経た今も紛争の原因の多くが解決されていない。それにもかかわらず、紛争再発を危惧する声は聞かれない。2007年の国政選挙に続いて2008年は地方選挙が大きな混乱もなく実施された。国政選挙では国際NGOが主導する有権者教育がおこなわれ、シエラレオネの市民社会組織の活性化と連携に大きく寄与した。国際社会との接点が学びあいの場となり、国内の市民社会組織にとっては外のスタンダードを知る機会ともなった。シエラレオネの社会再統合と和解の推進力なっているのは内戦経験を通して培われた社会関係の変化である。そこで、本報告では、シエラレオネの現在の「平和状態」の背景にある市民の役割を紹介したい。
 報告者は、平和構築の基礎となる「武装解除、動員解除、再統合(Disarmament, Demobilization, Reintegration:DDR)」のプロセスの「再統合」の部分に注目した。「再統合」といえばすでに存在した「統合」した社会に戻るようなニュアンスが感じられる。しかし、歴史的に直轄植民地と保護領という2つの地域から構成されるシエラレオネには、もとから統合は存在したのだろうか。また、たとえ統合が存在したとしても、それは、内戦を経験した後で、人々が再び取り戻し、回復したいと考えるような「統合」なのだろうか。以下では社会再統合と和解に果たす市民の役割を、シエラレオネの歴史とその時々の政治状況との関連で理解することを試みる。
 18世紀末のシオラレオネ建設の際に米国からノヴァスコシアを経由してシエラレオネに移送された元黒人奴隷のグループは、政治参加を求め「市民的不服従」を実践した。すなわち、植民地政府に対して意義申し立てをする移住者によって、政府に対峙する市民社会という構図が存在していたのである。
 1930年代から60年代にかけては、労働運動の歴史がみられた。第一人者のWallace-Johnsonは共産党ともかかわっており、労働組合を組織したり、男女同権を主張したり、直轄植民地と保護領の協力を訴えたりと市民を組織するうえで一定の役割を果たした。内戦前から現在にいたるまで、市民社会組織で指導的な役割を担っているのが労働組合出身者、とくに教員組合のリーダーであるという事実からも、市民社会の役割を考えるうえで、Wallace-Johnsonは大きな存在ではないかと考えられる。
 1980年代には世銀やIMFの構造調整が始まり、信頼のおけない政府よりも市民社会組織を通した支援が積極的におこなわれた。さらに冷戦の終結にともなって援助拠出国が民主化を求めるようになったため、市民社会が力を発揮することのできる環境が整い、国際NGOの活動も活発になった。
 現在、シエラレオネでは、大小、さまざまな市民社会組織が活動している。そのひとつがバイク・タクシー協会である。バイク・タクシー協会の活動は、和解のための「取り組み」というよりも、若い人たちが始めた自然発生的な事業で、結果的には和解の触媒としての役割を果たしたという側面が強く、武力紛争終結と同じころに始まり、交通問題と若者の失業問題の解決に役立った。その後、ボランティア活動や警察への協力、刑期を終えた若者の受け入れなど、より社会性のある活動もおこなっている。バイク・タクシー事業の経験を通してライダーだけでなく、オーナーや利用者、警察、マスコミなど社会の構成員全員が新しい人間関係の構築に参画し、このことが和解や再統合につながっているのである。
 市民社会組織同士は必ずしも協力するとは限らない。和解や再統合のための取り組みを単独の組織で推進している活動があれば、組織間の連携が最大の力であると考える運動もある。市民社会組織にはinstitutionとしての構造がない場合が多く、組織と政府の関係は一体的・相互補完的で、国際社会との関係においては、援助団体の意向に活動の方向性が左右されるなど、いくつかの問題もみられている。

【議論の概要】
 参加者からは、国土のわずか数パーセントを占めるフリータウン(旧直轄植民地)の市民組織を中心にみることで、シエラレオネの社会再統合と和解を理解するのは難しいのではないか、したがって、そのほかのprovinceやup-countryとよばれる内陸部も踏まえて全体的にみてはどうかという意見が出た。このほか、市民社会組織を率いるリーダーの政治的社会的背景や特質はどのようであったか、従来もめごとを処理していた伝統的なチーフは紛争解決にいかなる役割を担ったのか、人びとはNGOをどのようなものと認識していたか、など、リーダーと一般の人びととの係わり合いについて質問がなされた。
■資料詳細 
 
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