「中東における紛争と暴力化の契機」
<第1班第5回研究会>
■報告者 :酒井啓子(東京外国語大学大学院地域文化研究科教授)
■開催場所 :龍谷大学瀬田学舎智光館B103共同研究室
■開催日時 :2009年3月17日(金)13:30-17:30
■議事録番号 :090317
【報告の概要】
 報告者の酒井啓子氏は、中東(アラブ世界)に対する、イスラームと紛争という表象的志向性を批判し、中東の紛争実態をその原因と暴力化との関連性より考察した。本報告では、スウェーデンのウプサラ大学・武力紛争調査の最新データ(UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset 2008)を基に、個別に扱われていないイスラーム主義の反政府活動にも注目し、紛争の争点を中心として暴力化のパターンを抽出した。
 UCDP(Uppsala Conflict Date Program)2008年度データセットの分類とそれに対する酒井氏の分析によれば、紛争の形態は主に、国家間紛争と反政府勢力とに二分類され、問題の争点は?領土、?政治・統治形態、?領土・政府に三分類される。国家間紛争の形態の場合、各紛争事例の位置関係を相関図で表すと、縦軸に「政府―領土」、横軸に「欧米―周辺国」というレベル軸で示される。反政府勢力の場合は、横軸を「左派―イスラーム系」と置き換えるが、イスラーム系は領土問題に無関心であることが分かる。分析の結果、政権又は特定の領土に対する支配正統性を問題とする反対勢力の挑戦、という紛争のパターンが示された。さらには、(a)政権の暴力独占の正当性、(b)対立過程での暴力の表出、(c)軍の正当性を問題視した「民兵」の組織とその暴力行使の正当性の主張、という暴力化の契機が読み取れる。こうした暴力化の契機を巡る議論は、(a)は反植民地ナショナリズム運動にみられる契機(ファノン等)、(b)は政治体制上の問題(民主主義的代表制の欠落、合法的反政府活動の排除)(c)は軍の正当性の問題視や軍の腐敗に起因、さらに民兵の訓練・育成を可能にする政治環境(国内外)へと展開される。
 しかしながら、上記カテゴリーから逸脱する「新しい紛争」の出現が近年注目される。その特徴は、(1)国際的ネットワークを持つ非国家主体による、直接紛争当事国ではない対象への暴力、(2)宗派対立(国家主体に対する暴力行使ではない)、(3)市民を対象とした暴力(自爆テロ)である。このような「新しい紛争」の検証にあたり、イラクの現状分析として「イラク人死者の攻撃対象別分類(件数)」(Iraq body count)が用いられた。分類では{死者の属性、死亡場所、殺害契機、攻撃形態、標的}に着目している。2006年以降の特徴として、殺害理由の不明、無差別テロによる民間犠牲者の増加とその多くの形態が処刑である点が挙げられた。民間犠牲の増加は宗派対立の時期と重なるとの指摘もあるが、宗派対立件数の伸びが著しくみられない事から安易に結論づけられない。酒井氏が注目するのは、暴力噴出パターンと政治的変化との関連である(04年6月からの常態的な処刑の発生と、04年11月ファッルージャ空爆、05年1月制憲議会選挙との相関など)。また一方で、新政権に対する攻撃の減少と民間攻撃の増加との関連性や、「新しい紛争」議論における無差別な暴力の拡散というイラク像に対して、上記に示されたロジカルな事実検証から批判を行う事が今後の展望として示された。
 

【議論の概要】
 討論では、民間人死者の殺害理由の分類が曖昧である点に議論が集中した。これは報道ベースの傾向分析というデータセットの性質によるものであるが、実際の事件の追究による補填が必要であるとの見解も示された。酒井氏の現状分析によれば、イラク情勢は政治先行で、和平構築の過程で紛争も変化し、政治交渉で達成される可能性もみられる。そこに非暴力思想の顕著なものは見られないものの、イラク問題にイスラーム圏と暴力化という関連性はないことも強調された。又、データ上では事態は収束を示しており、膨大なデータのさらなる分析によって収束化のパターンの抽出が可能であるとの展望が示された。次に、紛争の争点が、国家建設かあるいは超国家主体かのスキームの対立にあるか、との質問に対しては、後者のパターンはアラブ・ナショナリズム、イスラーム共同体の構築を目的としたコミュナルな運動であるが、イラク問題の主な争点は寧ろ、中央集権か地方分権かという統治形態にある、と酒井氏は指摘した。
■資料詳細 
 
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