「よみがえるルース・ベネディクト:紛争解決・文化・日中関係」
<第3班 シンポジウム>
■報告者 :ポーリン ケント(龍谷大学国際文化学部教授)、土屋礼子(大阪市立大学大学院文学研究科教授)、福井七子(関西大学外国語教育研究機構教授)、胡備(天津理工大学外国語学院准教授)、郭連友(北京日本学研究センター教授)、濱下武志(龍谷大学国際文化学部教授)
■開催場所 :龍谷大学深草学舎21号館603教室
■開催日時 :2008年12月6日(土)10:00〜16:00
■議事録番号 :081206
 2008年12月6日、龍谷大学深草学舎にて、国際学術シンポジウム「よみがえるルース・ベネディクト――紛争解決・文化・日中関係」が開催された。このシンポジウムは、龍谷大学創立370周年を記念するイベントの第一弾として位置づけられ、若原道昭学長も挨拶に駆けつけた。

 ベネディクトの『菊と刀』は60年経ってなお、各国で翻訳され、特に中国ではベストセラーとなっている。なぜ今『菊と刀』なのか。シンポジウムでは、ベネディクト研究の最新の成果と、現代中国における『菊と刀』ブームを検討し、紛争解決に果たす文化研究の役割について議論した。
 来場者は50名を越え、一般の方々も多く、関心の高いテーマであることがうかがわれた。

基調講演
ポーリン ケント氏(龍谷大学国際文化学部教授)
「ルース・ベネディクトの個人的背景と『菊と刀』の誕生」

 ポーリン ケント氏は、ベネディクトの個人史を丹念にたどりながら、『菊と刀』誕生の背景を明らかにし、その魅力と再評価の要因を説明した。
 ケント氏は、ベネディクトの個人史における三つの経験(片耳が聞こえないこと、女性であること、同性愛者であること)が、類まれな文章力、反差別に対する意志、文化の多様性への関心を生んだと指摘した。また、『菊と刀』が異文化理解の必読書として再評価されているのは、文化人類学に対する貢献、文化の比較という方法論、研究の学際性によるという。特に、日常生活の細部に注目し、写真や雑誌等を資料として駆使する方法は、今日の文化研究にも引き継がれていると締め括った。

パネルディスカッション ?「戦争にみる異文化理解」

 第1部では、まず、土屋礼子氏(大阪市立大学大学院文学研究科教授)が「心理戦における日本研究――『菊と刀』の背景」と題して報告した。土屋氏は、連合国軍側の宣伝ビラの作成過程において、日本文化に対する認識がどのように作られたかを明らかにした。そして、心理戦は日本研究の萌芽であり、異文化理解の側面を持っていたこと、『菊と刀』はその最大の果実であったことを指摘した。

 次に、ポーリン ケント氏が「ルース・ベネディクトによる文化理解と紛争解決の関係」と題して報告した。ケント氏は、ベネディクトが日本文化のコンテキストから行動を説明したことによって、「人間的な」日本人像を描くことに成功したという。こうした『菊と刀』の叙述は、読み手の自文化中心主義を自覚させるものとなっていると指摘した。

 討論者の福井七子氏(関西大学外国語教育研究機構教授)からは、「ルース・ベネディクトとジェフリー・ゴーラー」に関する論点が提示された。福井氏は、ベネディクトに先立ち日本人の行動を研究したジェフリー・ゴーラーが、ベネディクトに与えた影響を新たな資料に基づいて明らかにした。

パネルディスカッション ?「東アジアと日本文化論」

 第2部では、まず、胡備氏(天津理工大学外国語学院准教授)が「中国における『菊と刀』の翻訳」と題して報告した。胡氏は、中国における『菊と刀』の翻訳の現状を概観し、12を超える訳本から3つのテキストを分析した。翻訳水準が高まり、多くの読者を獲得する一方で、誤訳や解説不足が懸念される状況を示した。また、同じ漢字圏であるからこそ、「義理」等の文化概念の相違に十分配慮する必要性を指摘した。

 次に、郭連友氏(北京日本学研究センター教授)が「中国における『菊と刀』と日本研究」と題して報告した。郭氏は、中国における『菊と刀』のベストセラーの背景には、小泉元首相の靖国参拝を引き金とした歴史認識問題があると同時に、日本理解によって膠着状態を打開しようとする傾向があることを示した。『菊と刀』ブームは、日本の文化や歴史に目を向けさせるきっかけとなったと指摘した。

 最後に、濱下武志氏(龍谷大学国際文化学部教授)が「東アジア論再考――R.ベネディクト、J.ダワー、庄錫昌:三者間の相互視野」と題して報告した。濱下氏は、『菊と刀』中国語版に加えられた膨大な挿絵・写真とその解説から、中国人知識人のメッセージを読み取る。そこでは、アメリカ経由の日本文化論をとり入れつつ、戦後日本を視野に入れた、多様な日本人論が展開されていると指摘した。こうした日本人論の多様化は、急速に変化する中国における、中国人論や地域文化論の必要性を反映しているとした。

 質疑応答における主な論点の一つは、米軍の日本占領における『菊と刀』の役割である。土屋氏は、同書が直ちに和訳されたことから、米軍はその重要性を認識していたと答えた。もう一つの論点は、紛争における文化理解の役割である。郭氏は、『菊と刀』ブームは、日本文化を漢字文化圏の一部として捉えるのではなく、独自の文化として理解する契機となり、文化理解によって、日中間の膠着状態を乗り越える可能性があることを示唆した。

■資料詳細 
 
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