「送り出し国から見た看護師の国際移動:フィリピンと南アフリカのケース」
<2008年度 第3班 第3回研究会>
■報告者 :佐藤千鶴子(立命館大学衣笠総合研究機構PD研究員)
■開催場所 :龍谷大学瀬田学舎 智光館地下B103-4共同研究室
■開催日時 :2008年10月10日(金)15:00-17:30
■議事録番号 :081010
【研究会の趣旨】

 1990年代以降、グローバル化の進展とともに、途上国から先進国への看護師、介護労働者の国際移動が増加した。その背景には、先進国における医療拡充政策の採用や少子高齢化などの人口学的な変化に伴う医療、ケア労働者に対する需要の増加がある。本研究会の目的は、受け入れ国(シンガポール・日本)・送り出し国(フィリピン・南アフリカ)両側の視点から医療専門職の国際移動の現状を明らかにし、それぞれの国の移民政策・介護政策のあり方について検討することである。

【報告の概要】

 佐藤千鶴子氏は、近年の看護師の国際移動の急増を、送り出し国がどのように受け止め、対応したのかという点について、フィリピンと南アフリカを事例に明らかにした。

 結論からいえば、フィリピンは、自国の看護師の国際移動を促進しつつ管理しようとしているのに対し、南アフリカは、自国の看護師の国際移動を抑制し、国内に引き留め、海外から呼び戻そうとしており、両国の政策的対応は対照的である。また、両国とも、国内の医療サービスの低下が問題となっているが、海外出稼ぎの急増が国内における看護師不足の直接的な要因であるという明白な証拠はみられない。

 イギリスの公立病院による海外での積極的な看護師斡旋とその後の斡旋抑制により、イギリスにおける新規の外国人看護師受け入れ数は、2000年初頭から半ばにかけて、急増し、その後、急減した。この受け入れ国のプル要因により、フィリピンと南アフリカは同様に多大な影響を受けたといえる。だが、その対応は異なるものであった。

 フィリピンでは、次の三つの影響が指摘できる。?海外での雇用にあぶれ、国内でも吸収しきれない看護師プールの生成、?看護教育の質の悪化、?専門性の高い看護師の流出と、看護師に転身する医師の増加による医師不足、である。ただし、看護師・医師不足による病院閉鎖は、国内移動や地方分権化の影響によるところが多く、必ずしも海外出稼ぎに起因するとはいえない。フィリピン政府は、受け入れ国次第の不安定な雇用市場に対応するべく、「医療分野での人的資源供給計画」策定し、マイグレーション・マネージメントに乗り出した。これに対し、移動の自由と権利を主張する看護師協会などからの反発が生じている。

 南アフリカでは、国内の限られた数の看護師をイギリスに奪われる形となったため、看護師の国際移動に対し、政治家による斡旋批判やメディアによるバッシングといった強い拒否反応が生じた。南アフリカでも、公的部門における看護師不足の深刻化が指摘できるが、これは必ずしも看護師の海外出稼ぎに起因するものとはいえない。むしろ、?医療部門の分極化、?公立医療施設における看護師空席率の増加、?プライマリ・ヘルス・ケア政策による看護師需要の増加、の三点が要因として考えられる。南アフリカの保健省は、看護師の海外出稼ぎへの対応として、公立病院の看護師「保持」政策(僻地手当等の導入、コミュニティ・サービスの義務付け、看護師等の賃上げ)を実施した。その結果、看護師の待遇改善につながったが、他方、看護師の海外出稼ぎ以外の問題(看護師教育施設の不足、落第率の高さなど)への取り組みの重要性を過小評価することとなり、国内医療サービスの問題は改善されていないといえる。

 以上のように、看護師の国際移動に対し、フィリピンは管理へ、南アフリカは抑制へと、両国は対照的な対応を取ったといえる。しかし、両国とも、看護師の国際移動が国内の看護師不足を生み出したとは必ずしもいえない。看護師生産力が限られている他のアフリカ諸国の場合はどうか、その状況を明らかにすることが今後の課題である。

【議論の概要】

 議論では、主に次の四つの論点が挙がった。(1)看護師の国際移動における宗教的・文化的な影響、(2)看護師の国際移動の現代的特徴、(3)移民理論の課題、(4)ジェンダー視角の不在、である。

 第一に、看護師の国際移動における宗教的・文化的な影響については、フィリピンとアメリカ、アフリカとイギリスは、コロニアルな結びつきが移動に与える影響は大きいと佐藤氏は指摘する。フィリピンから中東への移動が多いのは、フィリピン人看護師が、アメリカへ移動する前に、経験を積むステッピングストーンにしているという理由が考えられると指摘する。中東の斡旋業者が、フィリピンのムスリム女性に対しては、看護学校を卒業しただけで国家試験なしでよいが、キリスト教徒の女性に対しては、国家試験を必須とするなど、二重の基準があることがフロアから指摘された。

 第二に、看護師の国際移動の現代的特徴については、旧植民地―旧宗主国関係にないフィリピンからイギリスへの看護師の移動は、グローバルな看護師市場の成立を示すものであり、歴史的に新しい現象といえるのではないかと佐藤氏は述べる。また、南アフリカからイギリスへの移動も、若い黒人の看護師が移動するのは初めてであり、当事者の意味づけも、従来の「亡命」としての移動から、人生の「アドベンチャー」へと変化している点で新しいと考えられると佐藤氏は指摘する。

 第三に、移民理論の課題として、プッシュ・プル理論の問題、ステッピング・ストーン現象と移動の意思決定の理論化、家計に占める送金の割合とその意味合いなどが挙げられた。送金について、佐藤氏は、イギリスにいるフィリピン・南アフリカ人看護師が給料から送金する割合は、他の職業より高く、かつ、長期にわたって送金している「模範的な」移民であることを指摘した。ただし、イギリスでは生活にかかるコストも高いため、看護師たちはイギリスでの労働は割がよくないと気づき始めており、それが再移動の要因になっていることも指摘された。

 第四に、ジェンダー視角の不在が指摘された。ケアというと看護・介護が注目されがちだが、少子化や育児の問題を研究すること、比較の視点を持つこと、日本国内の問題について発言・運動することは、日本の女性研究者の責任ではないかという指摘があった。これに対し、佐藤氏は、グローバル・ケア・チェーンという現象の中に、育児の問題があることを確認し、日本社会では、家事労働者の導入に対する抵抗感の方が施設労働者より強いこと、海外からの家事労働者が台湾や香港の女性の社会進出を支えており、グローバル・ケア・チェーンが階層構造を成していること、その末端では、ケアされない子供たちが存在すること、といった問題点を指摘した。
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