「女性と工業化:南アジアの事例」
<2005年度国際セミナー>
■報告者 :ティルタンカル・ロイ教授(インド・ゴーカレ政治経済研究所)
■開催場所 :龍谷大学深草学舎紫英館6F会議室
■開催日時 :2005年10月3日(月) 16:00-18:00
■議事録番号
ディスカッサント:加藤剛教授(龍谷大学社会学部)

1.報告の概要
 ロイ教授は、インドの低開発の原因を植民地主義に全面的に求めてきた従来の学説を批判し、植民地支配による負の側面を完全に否定するわけではないが、インドの低開発の原因はインド固有の文化的・資源的制約要因のなかに求められるべきである、との主張を展開し、インド経済史研究者の間に大きな議論を呼び起こしている。今回のアフラシア国際セミナーでは、インドの工業化過程における女性労働者の動向について、工業化の進展とともにインドではなぜ女性労働者が都市労働市場から離脱していったのか、という問題について報告を行った。
 ロイ教授は、従来、女性の労働市場への参入に関して用いられてきたU字曲線ならびにM字曲線はインドのケースではあてはまらないとする。インドの工業化に伴う女性の労働市場への参入状況を、統計資料が存在する1880年代から歴史的に観察してみると、最も大きな特徴として非常に長期間にわたる漸次的な女性の労働市場からの離脱傾向が見られる。また、年齢別の女性の労働市場への参加率を見ると、典型的なM字曲線を描く日本とは異なり、インドでは2つ目の山が存在せずゆるやかな逆U字曲線となっている。この状況に関して、従来、女性の自発的な撤退モデル、脱工業化モデル、参入障壁モデルなどさまざまな説明が加えられてきたが、ロイ教授はこのいずれもがインドの状況を十分には説明できていないとし、最も重要な要因として、幼児婚の存在など平均結婚年齢が長い間変わらず低い状況にある中で、女児が工場労働に必要な訓練を受けられないことや家事労働から脱出することに対する大きな文化的障害が存在するためである、と主張した。

2.討論の概要
 ディスカッサントの加藤教授は、まず、自身が専門とする日本やマレーシアの工業化過程における女性労働者については典型的なM字曲線が見られるとし、マレーシアの場合には、1970年代の工業化過程において労働力不足を補うために積極的に女性労働者のリクルートが行われたことや、工場側が一定程度工場での労働経験がある者を好んだため、子育てを終えた既婚女性が工場労働へ戻るケースが多く存在することなどを紹介した。その上で、ロイ報告に対し、統計上の女性労働者のカウントの仕方、日本とインドの比較における時間軸のとり方の問題、地域やカースト、社会階層ごとの違い、今後の女性労働者の動向といったことについて質問を行った。それに対してロイ教授は、統計データの収集に関する問題点を認めつつも、人口学者による研究によって女性労働者が工場労働から離脱してきたことについては疑いがないとした。日本とインドの比較に関しては、U字曲線の始まりを出発点として、歴史的に同じ時代を比較するのではなく、工業化の段階の比較を試みていること。また、地域間や社会階層間の違いについてはさらなる考察が必要であるとした。
 フロアからの質問は多岐にわたり、今日のインドの経済発展における女性労働者の動向や、中流階級と下流階級間での違いならびに一方における変化が他方にどのような影響を及ぼすのか、女性の結婚年齢が長い間上昇しなかったのはなぜか、資本家と世帯主との間の協力関係の存在の有無などについての議論が行われた。また、同じ南アジアでもスリランカでは結婚年齢の低さが女性の労働市場への参加を妨げる要因とはなっておらず、むしろ教育レベルの違いを考慮すべきであるといったコメントも出された。


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