「貧困の概念化・政治化の歴史について」
<第1回合同研究会>
■報告者 :加藤剛(龍谷大学社会学部教授)
■開催場所 :龍谷大学深草キャンパス紫英館東第2会議室
■開催日時 :2005年7月10日 13:30−15:30
■議事録番号 :05000102
ディスカッサント:中村尚司(龍谷大学経済学部教授)

1.報告の概要
 「貧困」とは、歴史的にも文化的にも相対的な概念なのではないだろうか。何が貧困かを決定するにあたっては、周りの人間との比較における相対性や、人間の生存に何が必要かをどのように規定・認識するかといった問題が関わってくる。また、我々には家畜は必要ないが、アフリカの人々には家畜が必要であるといった意味で、貧困は相対的な概念である。
 貧困が社会問題として先鋭化し、意識化されてくるのは、18世紀後半の産業革命以降のことである。産業革命により、ヨーロッパでは都市化が加速し、都市の貧民が急増した。さらに、飲酒問題が顕在化し、孤児や児童労働が増大したため、社会的な対応が迫られることになった。その背景には、人道主義的配慮だけでなく、労働力の再生産といった問題もある。つまり、「健全な労働力」の確保が社会的、政治的に要求されるようになったのである。
 現代社会では貧困が紛争を巻き起こす潜在性が以前と比べ大きくなっている。貧困の責任が誰にあるのかということを考えてみると、近代以前の圧倒的多数の人間が貧しく恒常的にも貧しい時代では、貧困の問題が個人の問題と解釈されて、社会の問題にはなりにくいのではないかという疑問がある。近代以後の政治と経済を考える場合には、どの政治グループが経済的分配にあやかっているのかということが問題となる。
 貧困は政治的なイシューと結びつかなければ紛争というところまではいかないのではないか。1917年のロシア革命を始めとした社会主義革命は、貧困の解決策として、地主階級・資本家階級による搾取から、農民・労働者階級を解放することを目指した。アメリカ独立革命、フランス革命と異なり、ロシア革命は人民の搾取からの解放、貧困からの解放を明示的、政治的に謳った最初の革命であった。ネゴシエーションの議論とも関係するが、ネゴシエーションをするためには集団の代表、つまりエリートが必要になる。それゆえ、エリートとは誰か、エリートが政治、経済の問題に関してどのような立場をとっているのかを議論しなければならない。貧困と紛争が同時に起こる例が多いが、貧困と紛争・紛争解決を直接的に結びつけるのは難しい。

2.討論の概要
 貧困は相対的な概念であるという点に賛成する。当事者でない者が紛争、貧困を扱うことの利点があると考える。その場合まず、我々は当事者ではないことを自覚すること。次に、よそ者として紛争、開発、貧困へどのように関わるかを考える必要がある。

■資料詳細 <資料1
 
このページを閉じる