「インドにおける民主主義を伴った開発戦略の政治経済学的分析:ネルー主義的コンセンサスから経済改革へ」
<第2回合同研究会「民主主義と開発」第2部>
■報告者 :アディティヤ・ムカジー教授(ジャワーハルラール・ネルー大学歴史研究センター)
■開催場所 :龍谷大学深草キャンパス紫英館5F会議室
■開催日時 :2005年12月3日PM2:45−6:00
■議事録番号
ディスカッサント:清川雪彦教授(一橋大学)

1.報告の概要

 ムカジー氏は、ネルーとシンという独立後のインド経済史を語るうえできわめて重要な2人の首相が採用した経済開発政策を比較検討し、両者の類似点と相違点について報告した。
 1947年の独立後、インドの初代首相となったネルーは、マルクス主義的な理念に基づき、5年ごとに国家経済計画を策定するなど、国家主導型の経済開発政策を採用した。しかもそれは、東南アジア諸国のような開発独裁体制ではなく、民主主義体制を維持したままで行われた。その背景には、イギリスからの解放闘争を経て独立したインドの政治家の間で、経済開発が最重要課題であるとの社会的コンセンサスが形成されていた、という事情があった。 
 これに対して、1990年代からインドの経済開発政策策定において主導的役割を担い、後に首相となったシンは、ワシントン・コンセンサスの理念に基づいて、規制緩和を進め、民間の経済活動の活性化と市場開放によってインドの経済開発を実現しようとする、市場主導型の経済開発政策を採用した。そのため、これら2人の首相が採用した経済政策について、しばしばそのアプローチの対照性、相違性が強調されてきた。しかしながら、ムカジー氏は、両者の相違というのは決してイデオロギー的なものではなく、歴史的な時代性の違いに求められるべきものである、と主張する。さらに、1990年代以降のインドの急速な経済成長は、それ以前の時代から断絶したものとして捉えられるべきではなく、ネルー時代の経済的な土台づくり(基盤)の成果の上に初めて実現したものとみなされるべきである、と論じた。

2.討論の概要
 ディスカッサントの清川氏は、経済学者の多くが両政権が採用した経済政策の内容について「断絶」の立場をとるのに対し、ムカジー氏が両者の間に一定の共通点を見出し、「継続」の立場から議論を展開している点に独創性があると指摘した。その上で、ネルー期の経済政策の評価に関わって、輸入代替工業化政策が軽工業の発展に与えた影響などについて質問した。フロアからも、ムカジー氏のいう民主主義の定義や東アジアの奇跡としばしば称される東アジア諸国の経済発展とインドの比較、そして両者のつながりの有無についての質問が出された。
 上記の質問に答えて、ムカジー氏は、次のような点を強調した。?ネルーが資本製品に過度の強調点を置いたのは確かだが、それには理由があった。すなわち、独立後間もない国家の政府にとっては、主権の回復・維持がきわめて重要な問題だったのである。?東アジアの奇跡との関連については、ネルー時代のコンセンサスと東アジアの経験の間にギブアンドテイクの関係が存在すると考える。だが、これまでのインドは非常に内部志向が強く、東アジアの経験を分析しそこから教訓を引き出すといったような作業はまだ十分にはなされていない。?民主主義の定義については、インドに民主的な選挙制度が存在し、社会のあらゆる階層の人々が発言権と大衆行動の権利を持つという市民的自由が存在する、という2つの観点から用いている。インドの民主主義はアメリカの民主主義とは異なるだろうが、民主的な選挙制度によって代表者が選出され、市民による異議申し立ての権利が保証されているという意味においてインドには十分に民主主義が存在していると言えるだろう。
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